banner-mobile
応援
応援
応援
応援
応援
応援
応援
応援
応援
スピリチュアル嫌いは無視かブロックしてください。 1番何故批判覚悟でスピリチュアルを語るのか 今まで沢山の誹謗中傷を受けながらも書く理由。 1いくら慰めの言葉をかけても、共感していても、いくら寄り添っても、それは一時的な心の慰めにしかならず、人生を通じた救いにはならないから。 2もしあの世や死後の世界がなかったらこの世は不公平極まりないです。 優しい人が馬鹿をみます。 そうした人生の何故苦しい世の中で生きているのか、人は死ぬのか、死んだらどうなるのか、こういうことを自分の哲学で理解することが大事だから。それにより生きる全体の指針となることが出来る。 3私は宣教者ではなく、あくまで自分の理性で判断し、その結果違うと思えば拒否すればいい、正しいと思うことは受けいれば良いというスタンスです。 その考え方のひとつを提供しているのです。 私は信じれば救われるとか言うことは絶対ありません、ただ優しい心を持った人が自分で自分を救うと言っているだけです。 優しい思いやりのある人が天国へ行き、思いやりのない、人を傷つけることに快楽を感じるような人は地獄に落ちると、当たり前のことを言っているだけです。 ですから優しい人はそれが最高の宝だと言っているのです
応援
私の人生 高校1年の冬から、22歳前後まで、強烈な胸の不快感と漠然とした不安にさいなまれる。 毎日を這いつくばるようにギリギリのところで生きていた。 体が動かなくなり、あまりの憂鬱に起き上がれなくなった時もあった。 言っていた船乗りの大学も、先生の暴言や辛に傷つき中退。 自分ってダメでどんだけ根性がないんだと 自分を責めた。 孤独で1人ぽつんと考え事をして泣いていた。 精神科、心療内科に通っても全く治らず、死を覚悟した。 その時、あるサイトでスピリチュアルな内容を広めている人を目にする。 その方は論理的で極めてわかりやすく、論理的証拠を持って、生きる意味や愛について、人のために幸せのために生きることの重要性を教えてくれた。 そこから臨死体験の研究や色んな本を読み、共通点があることがわかり、より正しいことを確信する。 人生にとっていかに思いやりや愛情、優しさが大事であるかを。 それから精神科の偉大な先生に愛について語り合う時間があり、その先生と会うのが毎回楽しみで、診療時間の待合室でいつもみんなの幸せを祈っていた。 ここにいる人はみんな辛い思いをしています。 少しでも楽になりますようにと。 それからずっとボランティアでカウンセリングをしながらえ人によりそうことをつずけた。 しかし、その偉大な先生も癌で仕事を辞め、私は再び症状が悪化した。 胸が苦しく、手がピリピリし、気が狂うような辛さの中頑張っていた、そして耳鼻科に行った時、死ぬことを覚悟してみんなが幸せであるようにと最後の祈りと思って捧げた。 耳鼻科の診察室に入った瞬間、ぎゃあああああああと叫び声を上げ意識を失った。 きずけば、点滴を打っていた。 しばらくして、たまたま良い精神科の先生に出会いその先生と再び愛について語っている。 今までお世話になった人に、病院に感謝の手紙ともっと褒めあって生きるべきという励ましの手紙を送った。 人の苦しみと向き合い、地獄のような苦しみの中、どこに行けば良いかもわからず自己嫌悪に悩んだ日々。 そんな中生きる意味を数年かけて徹底的に調べ納得するように生きるようになったこと。 愛する先生方、家族、自然、全てに本当に言いたい。 ありがとう😊
応援
応援
応援
劣等感、自分は駄目だという思い込みという世界の病 貴方は世間から、勉強しないと招来苦労するよとか、勉強できなきゃ叱られて、努力しなさいとか言われませんでしたか? 親孝行しなさい、産まれて来たのなら親のために、人のために生きなさいとか。 だったら自分は役に立てていないから価値がないのではないかって。 仕事も立派にしなさい、根性がないから辞めるのよとか言われませんでしたか? そして、本当にそれが正しいと思い込み落ち込み自分を責めやしませんでしたか? ですが本当にその価値観合っていますか? 何をもって役に立っているといのでしょうか? 人を励ましたって、それが逆に相手に逆ギレされることもあります。 病気を治したからって、その後死んだほうが良かったと思うほど、苦しい目に合うかもわかりません。 まして、死んだあと天国や地獄があるのかさえ人は無知で知らないのです。 スピリチュアルな世界ではこう答えます。 100万人の病人を一人の医者が病気を治したとしても、結果としてそれが良いか悪いかわからない。 しかし余命僅かで迷惑しかかけていないと周りが思っていても、 ああ、この人が幸せになって欲しいな、みんなが楽に暮らせるようになったらなという心の思いが大事で、神様はそれを一番喜ばれ優秀な人物だとみなすと。 そして自然法則のように愛のある人は天国に帰りない人は、下に落ちていきます。誰かが落とすのではない。自然法則なのです。
応援
応援
応援
応援
応援
応援
応援