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適応障害になったきっかけの職場、9割5分最低最悪な職場ではあったけど、残りの5厘くらいは良くて。というかいい人はちゃんと居て。 一回目の休職の後謎に手伝いに行くように言われた部署は仕事内容も自分には合ってた気がしたし、何より人が良かった。年上の方しかいなかったけどほとんどおじいちゃんおばあちゃんくらいだったのもあってみんな優しかった。それに1度頼んだら放ったらかしじゃなくて途中で「大丈夫〜?」「全部出来そう?」「手伝おうか?」って様子を見に来てくれた。どんな小さなことでも必ずひとつは褒めてくれた。終わったらちゃんといつも「ありがとう」って言ってくれた。 メンタルが限界になって泣きながら仕事をしてた所を見られてしまった時も、放ったらかしにしたり引いたり無理に励ますことをせず、「どうした?何かあった?おばちゃんでいいなら聞くよ?」って言ってくれて、ぁ。この人になら話したいなと思えた。し、素直に「なんか心がいっぱいいっぱいになっちゃって涙が止まらなくなっちゃった」と泣きながら必死に話したら、「そうかそうか。それは辛かったね。泣けちゃって仕方ないね。おばちゃんが抱きしめてあげる。」って優しく抱きしめてくれて「とり天ちゃんは頑張ってるよ。おばちゃんたちとり天ちゃんにお手伝いしてもらってほんとに助かってるよ。とり天ちゃんが掃除してくれたあとはすっごい綺麗だしね。いつも丁寧にやってくれて嬉しいよ。おばちゃんたちはとり天ちゃんが大好きだからね。とり天ちゃんの味方だからね。」って言いながら私が落ち着くまで背中をさすってくれたのが今でも忘れられない。本当に嬉しかったし唯一救われた瞬間だった。 隣の席のおば様はいつも私が持ってきたお土産を嬉しそうに受け取ってすぐに食べてくれた。それだけの事。だけどすごく嬉しかった。分からないことを聞いても嫌な顔せずいつも教えてくれた。内緒でお菓子くれたりもした。 二個下の子と、今どき職場でバレンタインなんて時代錯誤すぎる!なんで高いのを買わなきゃいけないんだ!5円チョコでいいだろ!と愚痴った時は久々に人と話すのが楽しいと思えた。 出向延長を言われた帰り、全部が嫌になって生きてるのが辛くなって涙が止まらなくて、泣きながら車を発車させようとしたわたしをわざわざ止めて、「まだ行かなくていい。思いっきり泣いてから帰りなね。」って理由は聞かず言ってくれたおじい様……。最後に優しさに触れられて嬉しかった。 ちゃんと優しい人はいた。居たけど。それ以上に生理的に無理な人、一緒に働いてて精神的に削られる人、一緒に居るのが怖い人、信用出来ない人の方が多くて、嬉しかったことをかき消すくらい辛かったこと苦しかったこと嫌だったことが多くて耐えきれなくなった。それだけ。だけどそれだけでずっと苦しまなきゃいけなくなったの、こうさせた人たち(自覚なし)を私は絶対許さないでいようと決めた。私に優しくしてくれた人のためにも。
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