banner-mobile
自由
自由
自由
自由
自由
自由
自由
自由
自由
自由
自由
自由
自由
自由
自由
前回の投稿から半年経ちました。 この間、妻はTOEICの勉強とパートの両立。土日の基本的な家事は私がやりながらの生活。 その後、見事TOEIC人生最高得点を叩き出し、年末には正社員雇用を目指し転職活動をしていました。 希望した英語を駆使する業務ではなかったものの、早くに内定を貰える会社があり、夫婦で様々な事を話し合いながら、転職を決めて準備中です。 私の心模様は、徒然と蛇行しながら過去を遡り、その時の妻の心を想像しながら振り返り、その心に共感しようと努めて、共感する度に自分は酷い夫だとループを繰り返す日々でした。 ちょっと話が逸れます。 一方で、料理や家事など少しずつ出来る事が増えていく過程、一つ一つに気づきと理解が進む事、無理だと思っていた行動がちょっとずつ出来るようになる感覚に新鮮さというか「 まだマシだ」と無意識に抱く感情の存在に気づく事がありました。 ……なにに比べてマシなのか。 振り返ると、いつも思っていました。 人生の場面場面で、本当にいつもいつも、です。 それは、自分の父親よりマシだ、でした。 以前の私は、ちゃんと一生懸命働いている事、 それなりの役職、立場になれた事、プライベートでは 仲間に恵まれている事、人生の趣味があり一生懸命に なれている事…etc 私がそれなりの立場にならなければ、家族は不安なはずだ、そうに違いないと思い込んでいました。 あぁ、自分は自分の実家と生い立ちを恥じていたんだ。その環境で育った自分は、皆が思う私ではないんだよ、だから皆がそんなに期待するほどの人間ではないのだよ、もちろん期待されれば頑張るのだけれども。 周囲は「あなたに任せたい、やってくれるよね、あなたってそういう人っぽいものね、あなたは周りから信頼が厚いから…」などと軽々しく言う。でもね、その私は、内実こんな本当の姿を持っているんだよ。でも、皆がそう言ってくれるのなら、そうなるように頑張らなきゃ。 常に実家の問題は心の片隅にあり、でも 「もう自分には関係ないと思いたい、思っちゃダメなんだ」 「自分だって辛い、でも母や姉だって辛かった、今も辛いはず」 「自分だけこんなに今の家族と楽しい時間を過ごしていいのか。今、楽しくても結局、実家で何かあれば向き合わなきゃいけないのに」 というような渦を巻く想いが常に身体にまとわりつく感覚で生きてきて、自分を持つというより、人から望まれた自分になる事に慣れてしまっていました。 妻が好きと言ってくれた自分も、素の自分ではないから 本当の自分を知られたら、きっと幻滅するだろう、と。 いざ、自分が夫になり父親になり…という過程で、ポイントポイントで、自分の過去と生い立ちと向き合わなければいけない。 休日、子の行事にはちゃんと参加してる 土日は子供と公園に遊びにちゃんと行っている その分、妻は休めている(はずだ) 転職してアゲインストの状況から、少しずつはねのけて昇進してきている 収入も毎年、安定しているから大丈夫(のはずだ) もちろん妻には感謝している(けど、ちゃんと伝えられなかった) だから、マシだ でした。これ以上の事に取り組む世界観を持とうとしなかった、というより、それを実行に移すにはもういっぱいいっぱいなんだ、と言いたかった自分がいたのだと。 私は、自分が可哀想と思ってたんだ……だから、今、夫となり父親になった時に、その自分を思い出すのが怖かったんだ、逃げていたんだ、という風にやっと心の在処がわかったような。 こんな低レベルな最低ラインをクリアして自己満足 しても妻や子を大切にしてると胸を張れるわけないですよね…。 この間も妻からは過去の私が 「生命保険の事を話してるのに、どこか興味がなさそうだった」 「自分にもしものことがあった時の残された子供達の事を想像しなかったの」 「子供達がすくすく育ったのは私のお陰だから、もっと感謝の言葉を伝えてほしい」 など、受けた言葉は沢山ありました。 でも、勝手ながらそんな背景を持つ自分にとって今はまだマシな方で、そのマシになるのだってしんどい努力を積み重ねてたはずなのに、どうしてまだ求められるんだ、やってるじゃないか、何でこんな事になってしまったんだ…と、苦しんでいました。 妻との心の行き違いが表面化して1年半経ちます。 妻と向け合わなければならないのに、私は自分の生い立ちをトレースしながらその時の自分にあった心模様を 拾い上げるような作業をしていたんだなと思います。 妻は妻自身と向き合ってほしいのに、私がどこか塞ぎ込む様子や、視点が妻ではなく自分目線になる物言いになる点も、妻が孤独を感じる側面だったと言います。 ですが、なぜ・どこが掛け違っているのかはわかった気がします。
自由
自由
自由
自由
自由