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自分が仲の良い人はいわゆる「知り合い止まり」の人が多いから、もし自分に何かあっても自分の訃報は大事な人たちには知らされないんだろうな、と思う。逆に大事な知人たちが今どこで何をしているのか知らないの、すごく恐ろしい。 この投稿を入力していて気づいたんだけど、実家が昔から家族葬主義だった。確か、「血縁のない人や遠めの親戚には亡くなったことすら知らせない」という方針なんだよな 自分の幼少期、祖母が亡くなったときは、祖母が昔から友達のように仲良くしていたお隣さんにも亡くなったことを知らせてなかったから、何ヶ月か経ってお隣さんが半ば泣き崩れるように家に尋ねてきたことを思い出した。家の文化だから仕方ないけれど、すごく残酷だと思った。あの衝撃が今でも残ってる。やっぱり、死ぬのって怖いな 自分が死ぬのは誰よりも後にならなきゃ あと、ちゃんと遺言をのこして法的に成立するように手続きしておかなくちゃ 幼少期の出来事って案外根本に残ってて、価値観や生き方に影響してる。 私の血縁者には子ども嫌い(子ども全般が嫌いなのに何故か自分の子どもだけは可愛がれる人)が多くて、時折ニュースで報じられるような明らかに虐待を受けてる子に対しても「嫌だったら逃げられるはず。助けを求めないのが悪い」「中学生くらいになったら大人と同じなんだから家を出て自立すれば良いのに」「子どもはどうせ嘘つきで保身的だからこの証言は信用できない」などと評価する大人を間近にたくさん見てきた。 でも、自分はやっぱり、「幼少期の体験がトラウマになるのは子ども側にだけ責任がある」っていう考え方は偏ってると思う。100%同じ遺伝子のクローン人間でも、育つ環境が違ったら違う性格や人生が形成される可能性がある、というのが私の考え方だ。