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好みの男性の写真が欲しい。動画で記録もしたい。何時間でも眺められる素材がないと、結局家に帰る頃には性的欲求が戻ってきてて、次の仕事の日まで待たないといけないのがつらい。快楽物質が全然続かない。 誰か職場内で素材を持っててくれないかな 何か理由をつけて交渉してプライベートのスマホに入れたい。 もしくは1〜2時間の講演会とか開いてくれないかな 1番前の席に座ってじっくり聴講したい もし自分で撮影する機会があるのなら、映像の画角やぼかし方や全部妄想上で決めてしまえるくらい、夢中になっている。 妄想が具体化するほど、叶わないのがわかるから苦しい。どう頑張っても写真を手に入れる機会も映画を撮る機会も、一緒にお酒を飲む機会もないのに、快感を手に入れたくて仕方ない。多分、この人以外の人間や環境で同じ快楽を得られるなら大丈夫なんだろうけど、対象が「一度にたった1人」になりがちなのは今に始まったことじゃなくて、初恋のときからそうだった。 しかも、「手に入らない」から夢中になるのか、と言われるとそうでもなくて、恋愛対象者が自分と親しくしてくれる時期でも同様に異常な夢中だった。そもそも相手を自分のものにしたいわけじゃない。それは10代の頃から変わらない。 相手と関わる中で嫌な面でも見えれば違うんだろうけど、今回の事例では、嫌な面が見えるほど関わる機会がないのもネックなポイント。今はただ、「会社の中で『良い人』として知られていて、個人的に顔や身体が好みの恋愛対象者兼性的対象者」でしかないから、本当は「良い人」ではない可能性も大いにあるのに、それを確認する方法を持たない。 今の会社は快適な面が多くて、やってみたいことも色々あって、でも、それを叶えるまでの間にこの人のことを何回考え、何回苦しめば良いんだろう、というつらさが1番しんどい。だからといってこんなくだらないことのために、高校時代から憧れた会社を去るなんてしたくない。早く別の方法で同様の快楽を得なきゃ 体も心ももたない、早くどうにかしないといけないな
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#虫歯
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メンタルヘルス
自分の経験の珍しさについて。自分のこれまでの経験が珍しい気がします。 1個1個の経験は珍しくないです。でも重なり方がおかしいと思うんです。 「そりゃ自分とまったく同じ経験の人はいないよ」レベルじゃなくて、そもそも 同じような人生構造になる人がすごく少ない気がします。 ①ASD。ただし典型的なものではなく、「他者の反応に過敏で、他人の反応の不確実性に弱い」タイプ。「あいさつしたほうがいいとはわかっているけど、"あいさつしたら返してくれるかどうか""相手に聞こえないのではないか"などの不確実性や"あいさつした時に機嫌が悪い表情をされたらどうしよう"などの対人過敏性により、結果としてあいさつ1つでも負荷が高くなるという感じ。 ②条件付き肯定・否定。周りが私の「できる部分」を無意識に認めて、「できない部分」を否定するという感じ。結果として「自分のできない部分は人格的欠陥」「できる部分以外は恥」みたいな不安定な自己像になる。 誰も悪意がないので、私が追い込まれていることに気づかない。 ③支援の構造的不一致。支援はあっても誰も「なぜ私が困っているのか」を特定しないまま助けようとするため、「できない部分」がいつまでも未解決のまま残っているのにも関わらず誰もそれに気づかない。私も気づけず「助けてもらったのに改善しない自分は出来損ない」という恥が強くなる。 ④非典型な心理的被害の累積。 ・「学校に行けないこと」を理由に親から否定的な言葉を投げかけられる ・特性を知らない友人や教師から困難を「人格的欠陥」「矯正対象」として叱責される・指摘される ・直接攻撃が少ないいじめ・心理的圧迫環境 ・医療者による訴えの否定(我慢するしかない、など) 実際には一本線で処理できないからこそ非常に心理的負荷が高いのだが、どれも自分でも「大した事ないのでは」「被害と呼べないのでは」と感じてしまいまう。今も感じることがある。 ⑤④による二次障害 ※特定の立場の人を侮辱する意図はありませんが過激な内容なので注意してください。 「曖昧な被害経験」の多さから恥や劣等感、自己正当性の欠如感が強まり、「明確な体の病気になりたい」「事件などに巻き込まれたい」などの思考が出てしまう。 さらに「そんなことを思う自分はおかしいと言われてしまう」と感じて余計に言えなくなる悪循環。 ⑥逸脱経験 道徳観があるのに、困難や病理などから、適切な行動をとれず、結果として問題を起こしたり、周りを巻き込む形になる。  倫理観が保護因子にならず、むしろ倫理観があるからこそ「怒られる」と思ったら問題を隠してしまうことがある。 当時は整理・説明手段がなく、すべて未解決のまま残っている。 道徳観があり、他人の反応にも敏感なだけに、重く感じられやすい。 ⑦支援のタイミングとその後の自己理解 カウンセラーから無条件受容を得て、自己受容できるようになる。 ただし、当時は病名もなければそもそも「自分がどんな特性で、どんな状態像か」も知らなかったので、自分で何千時間もかけて内省して自己理解を得る。 今の私は例えばですが ・事実と解釈を分ける ・自分の防衛や感情をメタ認知する ・他人に自分の困難を論理的に言語化して伝えることができる みたいなことが自然にできます。 でもそれはここまで考えないと理解できない経験だったからです。 社会的に少数派というか、非典型な道を歩んできたがゆえなのか、最後に行き着いた自己像が周りの在り方とは全然違っていてきついです。 「理解されないのもあなたが難しいから」にされそうで怖いです。 ずっと脳内に「多数派にはこう評価される」という予測があります。 まずこれが本当に少数派なのか、もしそうだったらなんで同じ経験の人が少ないのかを教えてください。
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