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朝が1番心の調子が良い。「これから仕事に行く」というだけで気持ちが落ち着く。帰宅時間に近づくにつれて苦しくなる。 元々プライベートの楽しみが少なくて、一般的に「趣味」とされる物事を実践してもポジティブな感情を覚えない特性があったけど、 恋愛感情や性的対象者の存在に苛まれると、余計に日常がつまらなくなるんだよなあ 身体感覚や脳内快楽が強すぎて、それ以外の時間が霞んでしまうから面倒だ 友人との外出や友活イベントへの参加も、今までほど楽しみだと思えない(元々楽しんではいなかったけど、それでも日常の刺激の役割は果たしてくれていた。今は刺激にすらなっていないような感覚) ドラマで耳にした、「友人や職場での人間関係は良好だけど、楽しい時間が終わるとみんな『大切にしたい』と思える人がいる家に帰っていく。自分は帰る家はあっても1人になってしまう。だから家族が欲しかった」というセリフがかなり刺さった。 自分は「大切にしたい人が欲しい=家族を作りたい」とは思わないし、このドラマの主人公ほど友達と楽しく過ごせるわけじゃないけど、仕事中に周囲の人たちが「家族のために仕事を頑張る」みたいな話をしていたり、私が自己実現のために仕事をしてるときに「そんなに頑張らなくて良いよ」と止められたりすると、「でも今の私には仕事しかないんだ!止めないでくれ!」と脳が大騒ぎしてつらい。 よく「サードプレイス」という言葉を聞くけれど、自分にとっては家ですら「セカンドプレイス」でもないからなあ 仕事という「ファーストプレイス」があって、それ以外は苦痛の時間でしかない。趣味や休日の居場所を「3つ目」と捉える感覚ですら共感できない。自分には「2つ目」もない。
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問題は親が離婚したあとだ 今でも感じる孤独を、その時期以降とつなげてかんがえてしまう 当時は「私が大黒柱にならなきゃいけない」「何で母親と妹はこんなに情けなくて頼りないんだろう」「ついでに部活の顧問も同期も***だ」「全員***だ」「母親のこういうところがホントに頼りなくて見てて苛つく」ってずっと思ってた。 でも今、それらは当時の自分のバイアスが大きくかかっていて、今考えるとそこまで思う必要ない、私の考えや気持ちが歪みすぎていたから傷つきすぎていたからそう思っただけで、客観的にはそうでもないと思える。 ついこの間までは本気でこう思っていたのに。成長したな、じぶん。 でも問題は、そう思っていた時期が長すぎて、母親や妹に対する理解が深まった今も、恨みや嫌悪という感情だけは消えなくて、会ったり連絡取るには嫌だということ。 でも仕方ないね。そういうものだ。頭で理解してもきっと身体が覚えてるんだ いつか身体の方も忘れるだろう でも 一つだけ変わらないのは 私には帰る実家がないということ。 両親ともに再婚して知らない人と知らない家に住んでいる。 それだけは何回考えても辛い いや、多分これは本質じゃないな やっぱりまだ母親が嫌いなのが辛いんだ もし仲良しだったら、帰る物理的な家がなくてもここまで悲しくならない気がする
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