お話の詳細
自由
コーヒー豆_レベル._アイコン.juanmiguel
1日前
眠れないまま気がついたら今日は9月6日。 星新一さんの生誕100周年。 星新一さんの商業作家デビューを推した江戸川乱歩氏は城昌幸さんを「人生の怪奇を宝石のように拾い歩く詩人」と評したけれど、僕は僭越ながら星新一さんを「人生の無意味を結晶のように研ぎ澄ます詩人」と評したい。 ここでの"無意味"は「死んだほうがいい」ではなく、「そんなに深刻に捉えずとも死は突然やってくるのだよ」という観点である。 なので死にたいときはいつも作品『処刑』を思い出し、死ぬ勇気もない僕は‘’今日の散歩で撥ねられて運よく死ぬかもしれない"とか考えて期待したりする。 人生そのものがお話の中のボールなのだから。
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チビッツ
6時間前
juanmiuelさん、いつも投稿を見ていっちょやったりますか!と元気で羨ましく思っていました。星新一さんは私も好きでした。江戸川乱歩と交流があったとは知りませんでした。「処刑」は知りませんでしたが、運よく~期待したりする、という文章を見て涙が出てきました。すっかり勝手に親近感でしたので。頑張って生きましょう、とか言えませんが何かを抱えながらやっている人を見るとグッときます。うまく表現できません。双極性障害の鬱の闇にいます。
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juanmiguel (投稿者)
5時間前
@チビッツ 『ようこそ地球さん』収録です。機会があればぜひご一読ください。 僕の定年後の経済は破綻していますが気づいていないふりをするのが上手くなりました。