(この文章は、私がAIに話したことを、AIにまとめてもらった文章です。)
お母さんとお姉ちゃんのこと、私が諦めてきたこと
昨日、嫌なことがあって落ち込んでいる話をお母さんにしていた。
その途中で、お母さんが甥っ子の学校での出来事について話し始めた。甥っ子が可哀想だったという話で、お母さんは甥っ子に「気持ちを強く持つんだよ」と言ったらしい。
私はそのとき、
「気持ち強く持てって言われても難しいよねぇ」
と言った。
するとお母さんが少し怒ったように、
「じゃあ私なんて言えばよかったの」
と言った。
そこから喧嘩になってしまって、私はお母さんに「いなくなりたい」と言い、自分がどれだけいなくなりたいと思っているのかをたくさん話してしまった。
今は、お母さんを悲しませてしまったことを後悔している。
でも、そもそも私があんなに傷ついたのは、昔から抱えているお姉ちゃんへのコンプレックスと、お母さんは無意識にお姉ちゃんを優先しているのではないか、という思いがあるからだと思う。
私は、自分がつらかったことをお母さんに聞いてほしかった。
それなのに話が甥っ子のことになったことで、
「どうして今、私の話を聞いてくれないんだろう」
「またお姉ちゃんの家族のほうなんだ」
「結局、お姉ちゃんやその子供たちのほうが大切なんじゃないか」
という、昔から抱えていた気持ちまで刺激されたのだと思う。
お姉ちゃんへのコンプレックス
私にとって、お姉ちゃんはずっと「優秀な人」だった。
努力家で、浪人しても大学に合格して、看護師になった。
漫画家と結婚して、子供もいて、親孝行もしている。
それに対して私は、高卒で、最初に就職した会社も3か月で辞めた。
その後はアルバイトなどをして、自分の夢を叶えるための努力も十分にできなかったと思っている。
太って、病気もして、お金もかかっている。
だから私は自分のことを、「お姉ちゃんとは違って、何も成し遂げていない親不孝な娘」だと思ってしまう。
でも、本当は私にも行きたかった場所があった。
美大に行きたかった
私は絵が好きで、美大に行きたかった。
けれど、お姉ちゃんの大学費用で苦しそうなお母さんを見ていた。
だから私は、
「私は家計を助けるために働く」
「大人になって自分でお金を稼いでから、美大や専門学校に行けばいい」
「絵は趣味で描ければいい」
と考えて、進学を諦めた。
その後、家を出て働こうと思ったこともあった。
実際に見学にまで行った。
でも、お姉ちゃんから、
「婆ちゃんが亡くなって、お母さんが鬱にならないか心配だから、そばにいてあげてほしい」
と言われて、それも諦めた。
もちろん最終的に選択したのは自分だし、その後もっと努力する道もあったのだと思う。
だから今まで私は、このことを考えるたびに、
「家族を言い訳にしているだけ」
「結局、自分が努力しなかっただけ」
と自分を責めてきた。
でも、それでも悔しい。
お姉ちゃんはその後、漫画家と結婚した。
私が叶えたかった「絵に関わる仕事」という世界を、間接的ではあるけれど、お姉ちゃんが手に入れたように感じてしまう。
それがやるせなくて、羨ましくて、悔しくて、腹が立つ。
今から行けばいい、では救われない
今から美大や専門学校に行くという選択肢が、まったくないわけではない。
でも、私が美大に行きたかったのは「あのとき」だった。
今の私が美大に行ったとしても、そこに行くのは30代の私であって、あの年齢の私ではない。
だから、あのとき行きたかった私を、今から救うことはできない。
大人になってから『ブルーピリオド』を読んで、
「好きなことは趣味でいい これは大人の発想だと思いますよ」
という言葉に出会った。
それを読んだとき、悲しくなった。
私はあの頃、まだ子供だった。
本当なら家計のことを考えて、自分から「絵は趣味でいい」と納得しようとしなくてもよかったのかもしれない。
進学のお金を心配する「大人」にならずに、
「私は美大に行きたい」
「絵をやりたい」
と言う子供でいたかった。
あのときの私は、まだ子供でいたかった。
本当は、お母さんに好かれたかった
そして今日、もっと奥にあった気持ちに気づいた。
私は、お母さんに好かれていたかった。
お姉ちゃんより「いい子」だと思われたかった。
進学せずに働くと言ったことにも、家を出ずにお母さんのそばにいたことにも、家族を思う気持ちだけではなく、
「お母さんにとって、いい娘でいたい」
「手のかからない子だと思ってほしい」
「私がいてよかったと思ってほしい」
という願いがあったのかもしれない。
私はずっと、お母さんに選んでほしかったのだと思う。
私のことも自慢に思ってほしかった。
私が娘でよかったと思ってほしかった。
お姉ちゃんよりいい子だと思われたかった。
だから昨日、私がつらいという話をしている途中で甥っ子の話になったことが、ただの話題の変更以上に苦しかった。
「今くらい、私のことだけを見てほしかった」
のだと思う。
今感じていること
私は30歳を過ぎた今でも、お母さんに「死にたい」「消えたい」「いなくなりたい」と言ってしまった。
お母さんを悲しませた。
そのことを「親不孝だ」と思っている。
そして、
「お姉ちゃんのように立派にもなれなかった」
「お母さんに負担ばかりかけている」
「昔いい子になろうとしたことにも、結局意味がなかった」
「家族にとっても、自分にとっても、私はいらない存在なんじゃないか」
というところまで考えて、死にたい気持ちが強くなった。
でも今回話していて、「死にたい」という一言の下には、それだけではない感情がたくさんあることも分かった。
私は美大に行きたかった。
自分の人生を選びたかった。
家のお金を心配しない子供でいたかった。
お姉ちゃんが羨ましかった。
お姉ちゃんばかり、と思ってしまうことが悔しかった。
お母さんに私を見てほしかった。
お母さんに好かれたかった。
お姉ちゃんよりいい子だと思われたかった。
私が娘でよかった、とお母さんに思ってほしかった。
そしてたぶん私は今も、
「あのときの私だって、大事にしてほしかった」
と思っている。