自分の恋愛感情って、ベクトルがマイノリティだよな
社会一般の片思いって、「独占したい(自分のものにしたい)」「大事にされたい」「相手から愛されたい」「他の人に取られたくない」って感じみたいけど、
自分の場合はただひたすらに「可愛い」「近づきたい」「触りたい」って感じ。自分のものにしたいわけでもないし、相手から愛されたいとか何かして欲しいとか一緒に何かしたいとか思ったこともないし、相手の姿を見たり会話をしたりするのが幸せのピークに近い。
これは、「相手に嫌われて傷つきたくないから告白をしない」というスタンスなのではなくて、そもそも恋愛自体に魅力を感じないから、先に進む価値が理解できない感覚。
例えば、
「恋愛感情を持つ→両想いを目指す」
「両想いになる→恋人になる」
「恋人として過ごす→結婚がゴール」
「恋人や配偶者になる→性行為をする」
みたいな、世間で当たり前とされている流れがどうしても納得いかない。
自分の場合、相手との双方の合意があれば、一生恋人でも良いし、一生性行為をしなくても良いんだけど、それが世間では「都合の良い関係」とか「遊びの相手」と判定されてしまって、本気の愛情があると思ってもらえないんだよな
しかも、男女の恋愛関係って性別で役割が決まっていたり、色々しきたりがあったりする。
男性が奢る、女性は守られる、プロポーズは男性から、手を繋ぐのは3回目のデートから、告白は夜景の見えるレストランで、性行為は男性が女性をリードする、みたいな、面倒な決まりがあるのが堅苦しくて魅力的だと思えない。
つまりは恋愛や結婚のスタンダードな形が自分にとってはすごく窮屈だという話。そもそも「他人を自分のものにする」っていう感覚そのものに違和感を覚えてしまうから、どんなに可愛くて近づきたくて触りたい相手で、相手が自分のことを好いてくれたとしても、「恋人になる」ってどんな感覚だろう?仲が良い友達と何が違うのかな?と立ち止まってしまうと思う。
自分が今まで好きになった相手は、全員が既婚やゲイやアセクシュアルで、自分とは恋人になり得ない相手だった。
でも、だからといって「触りたい」欲求が消えることはない。別に性行為がしたいわけじゃないのに、相手に触りたくて仕方ない。心臓の音を聴いたり、脈を取ったり、すぐ近くで呼吸や体温や赤外線を感じたいだけなのに。
相手が「嫌」と思うことをするつもりはないし、無理やり触ったり痛がらせたりもしないし、触る前にはちゃんと同意を取るし、傷つけるつもりもない。
それなのにどうしてこの世の制度というか価値観は、パートナーがいる異性を触っちゃいけないの?
ただその人が持つ雰囲気とか態度とか立ち振る舞いとか、声とか息づかいとか匂いが好きで、その人が存在する証明をこの手で得たいだけなのに、どうして世の中はそれを許してくれないの?「大切な存在を実感したい」気持ちはパートナーだとしてもそうじゃなかったとしても同じはずなのに、パートナーにならないと存在の実感すら許されない。
難しい。どうしたらこの、「相手を自分のものにしたいわけじゃなくて、相手が自分の目の前に存在することを触覚で実感したい」という欲望が叶うのだろう?
逆に、どうしたらフリーかつ異性に触れられることに抵抗のないセクシュアリティの男性を好きになれるのだろう?という疑問もある(ほぼ一目惚れのように相手の存在が気になって、後からフリーではないことを知る傾向にある。だから「女性の恋人を探していない男性」を意識的に選んでしまっているわけではないと思う)
今回気になっている人に関しても、おそらく5年くらい経てば気持ちが冷めるであろうことはわかっているので、あと5年の辛抱、ということで。その間にまた新たな「気になる存在」ができなきゃ良いけど。この感情を抱えるのは、正直かなり負荷がかかるので。
まあ、今日のところはお気に入りのアダルトビデオを観たらすごく気持ちが楽になったので、この文章を冷静に入力できている。今日はいわゆる「恋愛感情」よりも「性的欲求」が脳を占めてたってことで、納得できた。
とりあえずあと数年間、この感情(欲求)とうまく付き合えるようになっていこう
次こそは触っても良い相手を大切に想えますように