常日頃付きまとわれていた恐怖感と焦燥感と不安感がガクンと減って、希死念慮も減った。
心に保護膜がかかったみたいな安心感があって、考えすぎずにまったりボーッとしていられる。
これがリラックスってやつかな。
初めての感覚。
いま考えると子供の頃から常に自分を攻撃する何かから追われている感覚があって、落ち着いて休むことができていなかった。
朝から晩まで365日悪い予感がずっとあって、毎晩悪夢にうなされて、心が痛くて辛かった。
本当に本当に辛かった。
死ぬしかない、生きていけないって考えるほど。
誰しもが悩みや苦しみを持っているというのは正解だけど嘘だと思う。
私が今までに感じてきたことと比べたら、生活破綻しないでいられている人のそれは違うだろうと感じる。
毎日この感覚であれば随分生きやすいだろう。
普通は、カーテンを開けること、ドアを開けること、道を歩くこと、コンビニに行くこと、電車に乗ること、車の運転をすること、どれも当たり前にできる感覚なんでしょう?
私は「死ぬかもしれない」という感覚の中でそれをしていた。
この安心感があれば、そりゃ辛いことがあってもまた立ち上がることができるだろう。
目標を立ててそれに向け努力することも容易いだろう。
幸運に恵まれた後ろ盾がある人達のほうこ そ、その幸運に甘えてるんじゃないかね。
とはいえさ、今更それに気づいたってさ、人生はもうめちゃくちゃでさ、これからどうしたらいいのかって悩んじゃうね。
30年ちょっとの遅れをとっていて、今からどうしたって普通には追いつけっこないからさ。
それに私は今まで踏ん張らないと死んでしまいそうだから気づかないふりをしていたけどさ、精神と人生が壊れたんだよ。
だって、そうでしょう。
あれだけ気が狂ってるだの知能が遅れてるだのとボコボコに叩かれ続けて、虐待まがいの扱いされ続けて、正常でいられるか?
働けない、かつ正常な生活を送ることができないところまで追い詰められてたことを認められなかった。
努力ではこれをカバーすることができなかったのに、何かに向けて努力をしていた。
常にとてつもない恐怖感がへばりついている中でも前へ進もうと思っていた。
外では、毎日楽しそう幸せそうでいいねって言われるくらいの仮面を被って。
女であることを消費されることに嫌悪感がなかったのは、最初から私の尊厳なんて存在しないって感じていたからなのかな。
いま昔のことを思い出しても全然辛くならない。
友達や子供がされたとしたら、そいつ殺してやりたいくらいの酷いことされたけど、自分には全く感じない。
良いこととは言えないけど、正当法でどうにかなるものじゃなかったし、ああしなかったら当時生きられなかったしなぁ。
まぁでも情緒おかしくて毎晩泣いてたから辛かったんだろうな。
可哀想にね。
人生が一度きりで、終わったらおしまいなのが悲しい時もあるけど、嬉しくもあるよ。
今までの苦しみを二度と繰り返さないんだから。
これからはどうしようかな。
どうしたらいいのかな。
何からしていけばいいかな。
ChatGPTと一緒に考えてみるか。
頭の中が真っ白だ。
ノイズがない。
幸福だ。