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自由
コーヒー豆_レベル._アイコン.袴吉之介
2日前
私は、幼い頃から他者を考えない、 身勝手極まりない父親から、 心ない言葉を浴びせられていました。 当時、私は、 「これが普通の親子関係であって、 普通の家庭で見られることだ」と 思っていました。 しかし、私が年を取り、 人間関係が広がるにつれ、 この関係は周りの家庭にはないことであり、 あってはならないことだとわかり、 徐々に背負うものが多く、重たくなりました… 話が急変したのは、 私が高校1年生で三学期を迎える頃でした。 とうとう私の心身に限界が来たようで、 ボーっと過ごす…何にも出来ない… そんな日がつづき、当然のように、 高校にも通えなくなりました。 好きだった部活も… やっと仲良くなれたクラスメイトとも… ずっと前から親しくしてくれた友達とも… すべてを手放すことになりました。 この時期に通っていた病院(精神科)では、 「うつ症状」と言われるだけ言われ、 診断書も発行されず… 誰からも理解されにくい日々がつづきました。 話は遡りますが、 私がうつ症状を発症する前に 「なんだか、体調がおかしいな〜」と 感じていました。 原因は、はっきりと「父親との関係」と、 わかっていたので、 これからの自分自身の立ち回りを、 考えていました。 それは、 「もし、この先、 診断書などの自分が父親から受けた被害を 確実に保証してくれる証拠が見つかったら、貯金は300万はあるし、 即、訴えて、裁判でも起こして、 児童保護施設に保護してもらおう。」と、 いうものです。 この考えがあったので、 診断書が発行されなかったときは、 かなり辛かったです。 私は、当時、 社会のルールも… 法律も… 何にも知らず無知で… 力不足だったと今では思います。 (今でもバカだけど) 助けを求めることができず、 祖父母の家に避難し、高校も辞め、今は、 変な通信制高校のサポート校に通っています。 うつ症状の後遺症か分かりませんが、 格段に集中力が低下し、 勉強が全く手につかなくなり、 志望していた国立大学を 諦めなくてはならない状態になりました。 高校3年生になった現在は、 ある程度は元気になりました… でも、ずっと疲れていて…ずっと怒っていて… 誰も助けてくれないのは 何でだろうと感じています。 生きたら楽なのか…死んだら楽なのか… 誰か教えてください。
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