社会って、本来人間が生きるために存在するもの。例えば狩りをしていて獲物が捕れた人捕れなかった人がいたら捕れた人に頼んでみんなに分配してもらうというのも社会だろう。そうしてみんなが肉にありつけるようにする。そのために社会は存在するはずだ。
だのに今の高度複雑化した社会は、それを存続させるために人間をさも道具かのように使い捨てにする。私たちは社会という得体の知れない巨大生物の歯車にさせられるために義務教育を施され、よりよい部品となるべく受験戦争就活出世だのとふるいにかけられ。
目的を設定しろ、そのために努力しろだのと、さも人生が何か大きな目的のためにある道具のように扱われているにも関わらず、私たちはそれを良いことだかっこいいだのと刷り込まれている。
人間のために社会はあったはずなのに、今は社会のために人間があるみたいだ。
もちろん社会の恩恵は受けているけども。私の人生を道具のように扱おうとするのがどうも気に食わない。
得体のしれない巨大な化け物の腹の中で、爆弾を爆発させてやろうか。