性的な話をしますね。
どこのSNSか忘れたけど、反出生主義故にパイプカットをしたい、っていう人の投稿を見た。その人が言うには、自分の体が子供を持つことのできる状態にあることが許せないそうだ。
体の性別は違えど、自分と全く同じことを考える人間もいたのかと、初めて同士を見つけた気がして驚いた。自分は子宮摘出を検討していたから。
一時は自分の性別に悩んだことがある。性転換手術も考えた。けど、別に自分は男になりたいわけでもなかった、かと言って女になりたいわけでもなかった。私は、ただ私という生き物でありたいだけだった。だから心体的苦痛と金銭の出費を伴う手術はしなくてもいいなと思った。
自分がこの問題に悩んでいた頃は今ほど性別云々の話は表沙汰になっていなくて、ネットの世界でXジェンダーという言葉が密やかに定義されているくらいだったと思う。時が経って、ノンバイナリーという言葉も世間に広く敷衍して、自分はまあこのへんなんだろうと思っていた。
そしてさらに時が経って、性別などどうでもいいと思っているのがこの頃である。私は私なので、もはやノンバイナリーでも女性でも男性でもどうでもいい。もはや人間でなくてもいい。
精神はどこまでも自由だ。しかし、身体には性別がある。誠に遺憾ながら私の身体は制約の多い方の性だった。股から月イチで出血するなど欠陥も甚だしい。器が女であることは認める。だから女湯にも女子トイレも普通に利用する。だが女であることはただの屈辱だ。だけどさっきも言った通り男になりたいわけでもない。股から棒と玉をぶら下げるのは滑稽すぎる。そんな急所モロ出し状態を筋肉で覆って何とか事なきを得ているというのは大爆笑モノだ。
話がだいぶ逸れたけど、私は、私の精神と体の一致を望んでいるんだ。つまり生殖器官の無い身体になるということ。私の体は私の意思に反して生殖のために私の資源を利用する。その状態が許せない。
だから今は婦人科にはかからずにネットの個人輸入サイトのピルを利用している。何年も使っているけど何も異常はない。これで何か異常が出てももはや構わない。自分が婦人科にかかるのは子宮を摘出する時だけだと決めているからこれでいい。あのピンクな世界で内診というさらなる屈辱を味わうくらいなら死んだほうがよほどマシだ。
ピルを飲んでいるとはいえ、残念ながら私の体は弱く、不便だ。こんな体になるくらいなら生まれてこないほうがよほど良かった。世の女性は自分の性に屈辱を感じないのかな?私は怒りと屈辱でいっぱいなのに。加齢により生殖能力を失ったらまた変わるだろうか?いや、肉体を持つということ自体が多分私の意思に反する以上、変わらないかもしれない。
どこまでも自由でありたい。この肉体は邪魔だ。