会社で叱られている先輩と、自分の幼少期が重なって、他人のことなのに悲しくなる
会社で叱られている先輩の姿を見ると、自分の幼少期を思い出し(フラッシュバックに近い状態になり)、瞬間的にボーッとしたり、イライラしたりすることがあります。
Aさんは、あと数年で定年退職になる勤続数十年の先輩ですが、仕事でのミスが他の社員より多く、数日に一度は、年下の上司からお説教を受けています。
ミスの内容は、「期日を守らない」「報連相を怠る」「こだわる必要のない細部に注力して場を乱す」ことが中心で、私も他の先輩も、その影響を受けて困ることがしばしばあります。
一方でAさんには、他人と話すことが好きで、1年目の私に積極的に仕事を教えてくれたり、雑談禁止の職場の中でも、ケガをしたら唯一心配して声掛けしてくれたりする優しい面もあります。
そんなAさんと、自身の幼少期が重なってしまうのは、「口下手でうまく説明できない」ところです。
Aさんも、幼少期の私も、叱られると必死に言い訳しようと説明を始めます。
しかし、上司(私でいうと「学校の先生」)は、なかなか説明をわかってくれません。どちらかというと、説明している側に脈絡がないのですが、説明を分かってもらえないことが悔しくて、叱られる側は泣き出してしまいます。
昨今はハラスメントなどが厳しい時代なのでお伝えしておくと、私が見る限り、上司はかなり穏やかに注意をしていますし、むしろ優しすぎるくらいの叱り方だと思います。ですので、上司が「泣かせている」のではなく、Aさんがひとりでに「泣いてしまう」感じです。
上司や他の先輩たちは、Aさんの脈絡のない説明や泣き顔を見て呆れかえり、なるべく巻き込まれないように無視している様子です。しかし、私にだけ(?)は、Aさんの脈絡のない説明でも何故か理解できてしまい、「きっとAさんは〇〇にこだわりを持ったから、時間が足りなくなってしまったんだな」「今回ばかりはAさんだけが悪い事例じゃないけれど、うまく説明できないんだろうな」などと、想像がついてしまいます。
自分の幼少期も、「頭の中ではじっくり考えて自分なりに頑張ったつもりなのに、何故か遅れをとってしまった」「渾身のアイデア(論理)を持っているのに、言葉が追いつかなくてうまく大人に説明できない」という経験が多く、激しい悔しさがありました。
子ども時代と、勤続数十年の大先輩を比較するのは失礼だと思いつつも、自分の子ども時代を思い出し、ひどく悲しくなってしまいます。
先日、話を聞く限りAさん以外に原因がある事象で、Aさんだけが勘違いで叱られていたので、イライラが度を越して思わず口を挟んでしまったことがありました。
先輩や上司は「Aさんの肩を持つなんて」といった雰囲気で驚きつつも、私の話を聞いてくれました。この文面からお分かりになる方もいるかもしれませんが、自身の職場は非常に優しい社員ばかりです。「雑談禁止」などの風潮で一見冷たく見えるかもしれませんが、適切な距離を保ちつつも、Aさんのように遅れを取ってしまう人がいてもある程度受け入れ、トラブルもカバーし合いながら働いていると思います。
しかし、会話がなく周囲の先輩の本心がわからない以上、1年目の私が突然割り込んだことをどう思ったか、Aさんと同じように「場を乱す困った人」とラベリングされるのではないか、と不安になっています。
総合的に見て、今回自身が感情的に口を挟んでしまったのは良かったのか、また、仕事中に私情を挟んでイライラしている自分に改善すべき点はないか、迷うこととなりました。
これはAさんの事例のみではありません。
自身は、周囲から理解されない言動をする人の気持ちが手に取るようにわかることがあり、それでイライラしたり、悲しくなったりすることが多いです(例えば極端な例だと、犯罪者の気持ちでもわかってしまうことがあります)
Aさんは数年で退職予定とのことですが、今後、公私ともに様々な人と関わる中で、周囲から距離を置かれている人に共感して悲しくなってしまったら、どう対処すれば良いでしょうか。
また、もっと単純な質問にするならば、仕事中のフラッシュバックやイライラにはどう対処されていますか。
皆さんのご意見・体験などを伺えれば嬉しいです。よろしくお願いいたします