お話の詳細
対人関係
コーヒー豆_レベル._アイコン.loDTve
1ヶ月前
人との関わり方
いつ頃からか覚えていませんが、気づいた頃には友達と上手く混ざれていない感覚や孤独感で、「あれ?おかしいな」と思うようになりました。 それから上手く混ざろうとして、友達の前では頑張って明るく過ごしていました。(という自覚があります。) 小学校から中学校、中学校から高校、クラス替えの時などあらゆる環境の変化で気を取り直して頑張っていました。 それでも上手くいかず、いつだって混ざれなくて、(自分だって孤独を感じているなんて嫌だったので)いつも周りから距離を置いていました。高3になって友達が離れていってしまったのがもう我慢の限界で、教室にも入れなくなりました。 誰とも話さないようになってしばらく経ちましたが、また環境が変わるのに強くならないといけません。(ありのままでいいんだよとかじゃなくて、本当に変わらないといけないんです。) でも今、嫌われたらイヤだ、1人になりたくない、という恐怖や不安が強すぎて、誰かの前で声を出すこともできません。 また前みたいに「頑張れば」明るく振る舞える と思います。 でも、それで何度も失敗して精神的に参っちゃってるので、ちゃんと人と関われるようになりたいです。 人との関わり方を教えてください。
コンプレックストラウマ
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専門家プロフィール
おかざわけんじ さんの専門回答
1ヶ月前
自分自身を見失わない人間関係の作り方
#コンプレックス #トラウマ #受容 #共感 #自己肯定感
loDTveさん、こんにちは。  心の健康アドバイザー、アンガーマネジメント・コンサルタントのおかざわけんじです。今月になってからのloDTveさんの投稿を読ませていただきました。 「クラスメートとどう関わって良いか分からない。声を掛けて貰えてもどう答えて良いか分からない。でも独りで居るのは辛い。なんとか変わりたい。」という想いがすごく伝わってきました。とても辛い思いをされていらっしゃると思いますので、一緒に考えさせてください。
[今回の悩み]
 loDTveさんは、小学校から中学校、そして今の高校まで、クラス替えの度に環境の変化に戸惑いながらも気を取り直して頑張っていらっしゃった。それでも友人関係が上手く行かず、今は我慢も限界になってきている。   AI相談では、「自己受容が大事。自分の気持ちを受け止めて」と言われるけど、自分の気持ちも良く分からないし、今後、環境の変化があることを考えても「本当に変わらないといけない。強くならないといけない」と感じていらっしゃるのですね。  小学校から高校3年までならば、10年以上も頑張って疲れてしまい、孤独を感じない様に、敢えて周りから距離を置くようにされた。その結果、友達も離れて行ってしまい、教室にも入れなくなってしまったとのことですね。  数日前の投稿を見させていただくと、loDTveさんはそんな状況であっても途中入室・退室をしながら授業に参加することを続けていらっしゃる。それだけでも凄く勇気のいる事ではないかと私には感じました。  そして、投稿の内容からすると、loDTveさんは今高校3年生で、就職するにしても進学するにしても新しい環境への対応が必要となるため、なんとか今の自分を変えたいと考えていらっしゃるのですね。
[悩みの原因・分析]
まず、ご自身が感じてらっしゃる「対人恐怖症」ですが、これも以前の投稿を拝見すると「授業のことをクラスの人に聞いたけど、自分の勘違いで困らせた。 ~迷惑をかけた ~自分は人と関わっちゃいけない」と投稿されていますね。確かに人間関係は色々面倒なことも多いのが事実ですが、それだけで「私は人と関わっちゃいけない」とまで思ってしまうのは何か過去にそんな出来事でもあったのでしょうか?  アドラー心理学で有名なアルフレッド・アドラーは、「人生の悩みはすべて対人関係の問題である」と言っています。これは、家族にしろ友人にしろ、あるいは仕事関係にしろ、人間は本質的に他者と関わることなしには生きられないからです。  事実、このマインドカフェへの投稿を見ても、お悩みの多くは人間関係ですよね。今は、ご自身の感情や感覚が凄く特殊なものに思えていらっしゃるかもしれませんが、実は、楽しそうに談笑している級友の皆さんも、実は周囲の雰囲気や受け止めを意識しながら話しているのかもしれません。  特に、小学校から中学・高校までは、「同じ地域で生まれ育った同年代」という括りで集団が作られます。(お受験や専門学校などを除く)だから、育ちも考え方も性格も好みもバラバラな人たちが、急に決まりで縛られた集団生活をするようになる訳です。ですから、自分が周囲と異なって見えるのも無理はないですよね。  ですから、AIの回答の様に簡単に自己受容できれば簡単ですが、全て受け入れられなくても、誰かと違う自分を「おかしい」「足りない」などと思わずに、「まぁこんなもんか」と思えたたら少しは楽になるかもしれませんね。
[やってみましょう!]
投稿の内容からすると、loDTveさんは「自分がどう感じているか」よりも、「周囲の人がどう感じているか、どう思っているか」と気になってしまうようですね。これを「他人軸」という言い方をすることもありますが、もう少し簡単に考えてみましょう。  もしもloDTveさんの友人の一人(Aさんとします)は激辛の食べ物が大好きであり、もう一人(Bさんとします)は、辛い物が大の苦手だったとします。Aさん、BさんとloDTveさんの3人で食事に行くことになったらどうします?「あちらを立てればこちらが立たず」の状態ですよね。二人からそれぞれ、「辛い物美味しいよね?」「辛いの嫌だよね?」言われたらパニックになってしまいませんか?そんな時には、「私はどちらでもないけど、それぞれ好みの問題だよね」と割り切れれば楽になるのではないかと思うのです。  これは、「自分はこう感じるけど、そう感じるのも正解だし、そうじゃないのも正解」とする感じ方です。先ほどの例では、AさんもBさんも、「この味が分からないならあなたとは友達になれない」とまでは考えないと思いませんか?  もう一つの見方として、loDTveさんが何かを話しかけ、相手が”困った様な”表情を見せたとしても、その人は本当に困ったかもしれないけど、考えている表情がそう見えただけかもしれない。あるいは、全然違うことを考えていた表情かもしれない。どちらにしても、その時はたまたまloDTveさんが聞いたことにフィットする回答が返ってこなかっただけのことだと考えるのは無理がありますか?  多くの方が人間関係で悩む様に、人間関係はとても複雑で、口から出た言葉と本当の感情がちぐはぐなのは日常茶飯事です。こう言ったら身も蓋もありませんが、相手の反応は、「たまたま相手が置かれた環境や感情の中でそう感じた」程度のことだと思うのです。  少し違う例でお話しすると、車を運転していて道を譲ってあげたりした時に、相手がテールランプで合図を返したりしないと途端に不機嫌になる人がいます。これは、「自分は譲ってやったのだからお礼の合図をするのが当たり前」と思っていて、それをやらない人に嫌悪感を持つからなのでしょうね。  でも考えてみてください。せっかく良い行いをしたのに、相手の反応で自分が苛立ってしまっては元も子もないと思いませんか?ですから、こんな時は、譲ってあげた時点で自分の感情は完了してしまえば良いのです。仮に相手が合図で返さなかったとしても、「気が付かなかった」とか、「手がふさがっていた」という可能性もありますからね。  この様に、自分の感じ方はコントロールできるけれど、相手の感じ方、反応までコントロールすることはなかなか難しいのです。それなので、事前には少し考えるとしても、結果は重く受け止めずに「まぁこんなもんか」と受け流せると良いですね。
 これから環境の変化もあり得る中で、お一人で考えていくと頭の中がグルグルしてしまうかもしれませんね。そんな時はカウンセリングを受けていただくのも解決の近道かもしれません。  言葉に出せる少しの勇気を持てたなら、いつでもご相談ください。loDTveさんからのご連絡をお待ちしております。