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家族関係
コーヒー豆_レベル._アイコン.ナンバー4
6ヶ月前
最近の私と妻の心模様
前回の投稿と頂いたコメントから少し経ちました。 状況の変化とともに人の心も移ろうものかと思いながら徒然と記録します。 妻は自己実現に向けて、TOEICの勉強をしながら 週2〜3で働いて1ヶ月が経ちました。 私は、高校に進学した息子の毎日の弁当作り、土日の食事、洗濯掃除などを分担しながら妻の出勤日には妻と留守番の娘の弁当を用意して出社する日々を送っています。妻は思った以上に職場の人々が良い方々ばかりで無事に毎日の勤務をしています。 先日、妻が大きな買い物をするので一緒に行かないかと誘われ、久々に2人で出かけました。私とはもう2人で何処かに出かけたり食事もしたくないから貴方から誘わないで欲しいと言われてから、近所のスーパーへの買い出し以外では1年以上経っていました。 食事の際、最近は自分に何かあっても家が回っていくという安心感は出てきた、大人がちゃんと2人いるって感じがしている、との事。 そんなにも自分は、自分自身の事しか考えてなかったのか…仕事とはいえ、仕事の付き合いとはいえ、家の大切に仕方を知らないで生きていたんだと、振り返ってからやっと後悔するなんて、情けない人生だなぁと、悲しくなりました。 でも、今の自分の毎日とその中で感じる大変さや行き場のない…というかどう消化して良いかわからない感情は、妻も散々経験してきたのだから、今、私がわかったような気持ちになってはいけないんだと、噛み締めながら過ごしています。 不思議なもので、こうやって日々、忙殺されているとパートナーに対して異性という感覚が薄れ、同志のようになっていく感覚です。 これも、この先ステージが変われば色々と変化するものでしょうかね。 最近の所は、こんな感じです。
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ナンバー4 (投稿者)
2日前
前回から半年経ちました。 この間、妻はTOEICの勉強とパートの両立。土日の基本的な家事は私がやりながらの生活。 その後、見事TOEIC人生最高得点を叩き出し、年末には正社員雇用を目指し転職活動をしていました。 希望した英語を駆使する業務ではなかったものの、早くに内定を貰える会社があり、夫婦で様々な事を話し合いながら、転職を決めて準備中です。 私の心模様は、徒然と蛇行しながら過去を遡り、その時の妻の心を想像しながら振り返り、その心に共感しようと努めて、共感する度に自分は酷い夫だとループを繰り返す日々でした。 ちょっと話が逸れます。 一方で、料理や家事など少しずつ出来る事が増えていく過程、一つ一つに気づきと理解が進む事、無理だと思っていた行動がちょっとずつ出来るようになる感覚に新鮮さというか「 まだマシだ」と無意識に抱く感情の存在に気づく事がありました。 ……なにに比べてマシなのか。 振り返ると、いつも思っていました。 人生の場面場面で、本当にいつもいつも、です。 それは、自分の父親よりマシだ、でした。 以前の私は、ちゃんと一生懸命働いている事、 それなりの役職、立場になれた事、プライベートでは 仲間に恵まれている事、人生の趣味があり一生懸命に なれている事…etc 私がそれなりの立場にならなければ、家族は不安なはずだ、そうに違いないと思い込んでいました。 あぁ、自分は自分の実家と生い立ち恥じていたんだ。その環境で育った自分は、皆が思う私ではないんだよ、だから皆がそんなに期待するほどの人間ではないのだよ、もちろん期待されれば頑張るのだけれども。 周囲は「あなたに任せたい、やってくれるよね、あなたってそういう人っぽいものね、あなたは周りから信頼が厚いから…」などと軽々しく言う。でもね、その私は、内実こんな本当の姿を持っているんだよ。でも、皆がそう言ってくれるのなら、そうなるように頑張らなきゃ。 常に実家の問題は心の片隅にあり、でも 「もう自分には関係ないと思いたい、思っちゃダメなんだ」 「自分だって辛い、でも母や姉だって辛かった、今も辛いはず」 「自分だけこんなに今の家族と楽しい時間を過ごしていいのか。今、楽しくても結局、実家で何かあれば向き合わなきゃいけないのに」 というような渦を巻く想いが常に身体にまとわりつく感覚で生きてきて、自分を持つというより、人から望まれた自分になる事に慣れてしまっていました。 妻が好きと言ってくれた自分も、素の自分ではないから 本当の自分を知られたら、きっと幻滅するだろう、と。 いざ、自分が夫になり父親になり…という過程で、ポイントポイントで、自分の過去と生い立ちと向き合わなければいけない。 休日、子の行事にはちゃんと参加してる 土日は子供と公園に遊びにちゃんと行っている その分、妻は休めている(はずだ) 転職してアゲインストの状況から、少しずつはねのけて昇進してきている 収入も毎年、安定しているから大丈夫(のはずだ) もちろん妻には感謝している(けど、ちゃんと伝えられなかった) だから、マシだ でした。これ以上の事に取り組む世界観を持とうとしなかった、というより、それを実行に移すにはもういっぱいいっぱいなんだ、と言いたかった自分がいたのだと。 私は、自分が可哀想と思ってたんだ……だから、今、夫となり父親になった時に、その自分を思い出すのが怖かったんだ、逃げていたんだ、という風にやっと心の在処がわかったような。 こんな低レベルな最低ラインをクリアして自己満足 しても妻や子を大切にしてると胸を張れるわけないですよね…。 この間も妻からは過去の私が 「生命保険の事を話してるのに、どこか興味がなさそうだった」 「自分にもしものことがあった時の残された子供達の事を想像しなかったの」 「子供達がすくすく育ったのは私のお陰だから、もっと感謝の言葉を伝えてほしい」 など、受けた言葉は沢山ありました。 でも、勝手ながらそんな背景を持つ自分にとって今はまだマシな方で、そのマシになるのだってしんどい努力を積み重ねてたはずなのに、どうしてまだ求められるんだ、やってるじゃないか、何でこんな事になってしまったんだ…と、苦しんでいました。 妻との心の行き違いが表面化して1年半経ちます。 妻と向け合わなければならないのに、私は自分の生い立ちをトレースしながらその時の自分にあった心模様を 拾い上げるような作業をしていたんだなと思います。 妻は妻自身と向き合ってほしいのに、私がどこか塞ぎ込む様子や、視点が妻ではなく自分目線になる物言いになる点も、妻が孤独を感じる側面だったと言います。 ですが、なぜ・どこが掛け違っているのかはわかった気がします。
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ナンバー4 (投稿者)
2日前
世の中にはもっと大変な人もいるでしょう。自分が最悪な訳ではないのもわかっています。 でも、私のなかでは私の問題の中で、最も大きな問題なので苦しかったのです。 先日、妻と久々に2人で外食をした時、私は今、自分を取り戻している最中だと告げました。 妻と出会った頃や結婚した後、子供が生まれる前までは こんな自分ではなかった。以降、自分が変わってしまったと思う、その何故というのを見つめ直して根本から取り戻している作業中と説明しました。 内容を伝えたところ、妻は色々なことが合点がいったと返しました。 妻は、妻自身が変わってしまったと思い、戸惑っていたと。好きになった相手は目の前にいるのだけど、何か違う。こんな人だったっけ?自分が変わったのか?どうしちゃったのか、と。 でも、夫である私自身が変わってしまったという自覚を持っているのなら、妻自身の心が離れたという事ではない事に安堵した、というようなニュアンスでした。 私が客観的に私自身の事に気づきが生まれているなら、確かにその通りだった、変わってしまった。けど、それに気づけたのなら以前のように戻れるはずだと。 私は、そんな妻の言葉に甘えて打ち明けました。 「だから、君(妻)がかつて好きになってくれた自分さえ、私が期待に応えようと演じていた自分であって、私が本当の自分と思っている自分ではないから、いつまでも自信がなかった。本当に失礼な話で、申し訳ない」 すると、 「私はそんな部分だけをみていたわけじゃないから、大丈夫。それより、ちゃんと自分が好きになった人そのものが存在していた事がわかって安心した。私も、あなたの実家の家族の問題がこんなにもあなたの根の部分から苦しめているとは思わず、甘く見ていた。2人ともそれぞれ必死だったんだ。 実家の事、世の中は色々な福祉制度もあるし、知らないより知ることが重要。知っていればどこに手をさしのべればいいがわかるし、ちゃんと備えておけば大丈夫」 立ち止まる私に対し、進もうとしていた妻と表現できるでしょうか。 この1年半の出来事には、自分でも気付かなかった膨大な沈殿物の存在に行き着くまでの作業だったのかもしれない、と、また徒然と記録しておく事にしました。