ただの自慢やないかい!なんやなんや、と思う方はこの投稿スワイプしてくださ〜い🙇♀
私は、
小中学校のとき、
勉強もピアノも書道も運動もできて、なんでもできてすごいね、と同級生達からゆわれていました。
私はただ楽しくて、成果を出したくて、自分のためにやっていただけで、言われるのは嬉しいは嬉しかったですが、自分が満足していないのに褒められてもなぁ、とそこまで褒められることが嬉しくはありませんでした。
○○ちゃんになりたい、だって何でもできるじゃん、とゆわれたこともありました。
その心の背景には、上辺だけでしか見られてないのかなぁという思いもあったのかもしれません。
高校に上がっても、毎日の小テストで満点を取ったり、学年1位を何回もとったりしていて、すごい…と、尊敬されてました。
そのせいか、敬語で話されてました。
でも、それは、自分を追い込むのが楽しくてやっていたことなので、取れて当然でしょという思いもあり、素直に喜べていなかったです。
しかし、
その追い込み生活を2年弱続けていた結果、ストレスがかかりすぎていたのか、急性の感音性難聴にかかりました。(ここから薬生活が始まりました)
お医者さんにはもう治らないみたいな顔をされていましたが、音楽が聞けない人生なんて絶対嫌だとゆう強い意志があったおかげか、意地で治しました。ほんとに奇跡だと思ってます。
そこから、できる限り自分に負荷をかけるのをやめようと、緩められるところを緩めていったつもりでしたが、
2020年から情緒不安定になり、感情ジェットコースター期を経たと思ったら、
感情がなくなる時期が訪れ、
高3のときには離人感と長いこと一緒に過ごす日々を送っていました。
それから、授業中に動悸がしたり、体に力が入らなくなって、倒れる前に保健室へと、保健室と教室を行き来する生活をし、
毎朝、死にたいと思いながら電車を待ち、ここで飛び降りたら死ぬのかぁとゆうことも毎日考えたり、
授業中もここから飛び降りるシュミレーションをするも、未遂で怪我して余計辛くなるだけだからやめとこっと考えたり、
人がたくさんいるのが気持ち悪くて、友達ともあまり話さなくなり、一人でただ保健室と教室を行き来するだけで、保健室のベッドで泣いたりしてました。
ほんとに体に力が入らないときは、こりゃあやべぇな、金縛りじゃないけどほんとに動かないや、声も出ない、こんな体になってまで通ってる意味が分からなくなることが幾度となく。
でも、一般入試をする体力もないから、指定校推薦をもらうため、そもそも卒業の単位を取るために、無理して通い続けていました。
体が壊れてる状態にもかかわらず、推薦の志望理由書も2000字書き、面接もちゃんと受けました。ほんとにタフなことしてたと思います。
この体の状況を学校の先生にも伝えているにも関わらず、無茶なことをゆってきたりして、限界なんすけどー何言ってんすか!と、帰りの車の中で夕食のお弁当を食べながら、3時間泣いたりしてました。
もう、1時間以上息継ぎ必要な泣きが当たり前の泣いてばっかりの日々でした。
でも、
笑顔も動きも存在自体が可愛い〜癒される〜守らねば!とゆっていた友達も、
こちらから助けを求めれば、話を聞いてくれることはありましたが、人に関心があまりなく(どうしたらいいかわからないのもあったと思いますが)、助けてくれませんでした。
それもあって、疎外感、虚無感、無力感なりを感じ、悲しい日々を過ごしていました。
できなくなったら、必要じゃないんだ、みたいな風にも感じてたと思います。
で、なんやかんや卒業し、大学に入学するもすぐに体調を崩し、授業に行けるようになったかなと思ってもまた崩したりの繰り返し生活を送っており、今休学しています。
そして、今すんんんごい過去一で辛いですが、
でも、足りないものを補うように完璧であるために頑張っていた頃の自分よりも、
今生活を送るので精一杯の状態で、できることはあまりないですが、
人に弱さを見せて、頼ることもできて、
自分の感情に素直になって、人にも伝えたいことを伝えられて、、
ってゆう今の自分が1番好きです。
何を伝えたかったか迷子になりましたが、
過去の自分にも感謝してますが、それを経た今の自分が1番好きだなって感じてます。
こんななっがーーーーい文章ここまで読んだ方は勇者です。景品として、私からの愛を贈呈します💝(いらなければ受け取り拒否してください🙇)
いつもありがとうございます💕