社会不適合者だけど消えたい
私の人生は不幸でした。辛いことばかりが起こる人生で、抑圧され続けて生きてきました。
前を向こうと私なりにしてきた事も、今となっては全て無駄だったと思います。
一人でいられる人間こそが強いと教わり、孤独に慣れました。
しかしそれは、一人でいられない人間の理想であると知ったのは後のことでした。
教えを守り私は一人でないと苦痛を感じる人間になりました。私は孤独に適正があったみたいです。
家族みたいに自分の心にくすぶるドロドロとした感情を人にぶつける様な事はしません。
しかし近づいてくる人間が全て、エナジーバンパイアに見えてくるのです。
かつて家庭内を、めちゃくちゃにした家族と同様。私も心にドロドロとしたマグマのような感情は持っているわけです。
つまり近づけば奴らと同じく、不快を撒き散らす化け物になる気がして、自分を抑圧しないといけない感情に苛まれ非常に不愉快になります。
それはさておき、結果として修行の結果私は他人から見たところ人に関心のない、暗い鬱屈とした人間になりました。
サバサバどころか、非常にドライな人間になってしまいました。
そんな私でも思うことはあります。
こんな自分に好き好んでなったわけじゃないと。
誰とも打ち解けることもなく、不安と恐怖と常に隣り合わせで一人で震えてる惨めな生き方。
そんなふうに誰がなりたいものか。
もうそうなってくるとかつて家族に迷惑をかけて、心でぶつかった家族が正しかったと思ってしまいます。
さじ加減の問題で、家族も私も極端なのでしょうが、世の中心と心のぶつかり合いは必要であり、感情的なものを使ってこそできる信頼関係があったんだろうなと今更ながら思います。
そんな後悔なんて今となっては全ては遅くて、私はただ日銭を稼ぎ今生きているだけの、ただ前に歩くだけの機械になってしまいました。
助けてほしいけど、助けを求めれないそんな不器用な生き物も幸せになってみたいものですが、人と親密になる事を願いながら、他人を拒絶してしまう私には叶わない夢なのでしょう。
なぜ生きているのか、本当に謎です。
私はどこに行けば良いのでしょうか、当たり前に家族に愛され、与えてて貰ってた人間が憎くなります。
わがままを言える親も、風邪をひいて看病してくれる家族も、今日あったことを話す相手も、ぐちを聞いてくれる友人も、弱音を吐くことを許してくれる人間もなにもないです。
どこに行けばそんな人と出会えて、居場所を見つけれるのか。
ずーっと迷子で消えたい気持ちになります。
明日の朝消えてなくなってたら良いのにと思います。
なぜ幸せになれないのでしょう。許してほしいです。