お話の詳細
家族関係
コーヒー豆_レベル._アイコン.IOREI01
2年前
ぶっちゃけたい。
私の家庭は兄とは血が繋がってなく親の愛情は大体兄の方に向かれていました。私は産まれてから他の子たちより発達が遅く親にも毎日怒られていました。両親共に機嫌の波がとても激しく怒らせると父は暴力、母は物を投げ、言葉で脅してきました。その上とても仲が悪くいつも大喧嘩ばかりでそれを止めようといつも真ん中に入っては殴られ怒られて、「アンタがおらんければこうはならんかった」と毎朝のおはようの代わりは「今日も生きてきたのね」でした。そんな私の救いが幼馴染の家で、毎日一緒に遊んで、庭にテントを張って一緒に過ごし、よく私の家族と幼馴染の家族で海外に行ってました。そんな日常ばっかでしたけどそれが一瞬にしてなかったことになって、原因が父の薬、まぁはっきりと言うと麻薬達でした。よく父親はファブリーズ、香水を異常なまでにかけてたり、夜中によく誰かに話しかけたり怯えるように寝ていました。でも私たち家庭ではおかしいと思いつつ過ごしていたけれど海外から帰ってくると部屋の端っこの布団の下に薬があってそれがバレてからは開き直っていました。当然父に怪しまれないよう警察伝えました。そこからが本当に地獄で母、兄がいない夜に父が家の鍵を持っているに関わらずドアをガシャンガシャンして笑いながら開けてぇー!って言ったり寝ている私の首を絞めて私は一日病院で目を覚さないこともありました。その後警察が事情聴取で詳しいことを聞かれたりしました。父は一度薬を止めるための施設に連れて行かれましたがすぐに帰ってきました。私は自分の誕生日になぜ、や受験があるのに、卒業なんてもうそこなのにって近所の優しかった人たちもすごく冷たい目で見られ、石を投げてくる子もいました。卒業式は急遽取ったホテルに私1人が3日間過ごしそこから過ごし、その後も転々といろんなホテルを周り逃げて高校入学前の日にはとても遠いところにアパートを借りました。その頃に判明したのが父に薬を渡していたのは幼馴染の父で、私が産まれ、私が父を困らせてきて父が悩みずっと前から薬を飲んで、私は母にあんたを助けるんじゃなかった。やっぱあんたのせいだったのね。と言われました。幼馴染の家とはもう今後関わるなと私の唯一の逃げ場もなくなり、夜も眠れなくなり、食欲もなく、食べても吐いてしまう、月に3回は警察に事情を聞かれる日々でした。今でもこの時期や誕生日になると思い出して苦しくなります。ご飯も食べれなくなり、寝れなく、寝れてもお父さんに殺される夢ばかりです。正直に私は産まれてこない方が本当に良くて、生まれてきて後悔しかありません。
うつトラウマ頭痛不眠症不安
専門家にオススメ 0個, 共感 3個, コメント 3個
コーヒー豆_レベル._アイコン.
nanishita
2年前
こんにちは。 全て読ませて頂きました。 壮絶でした…… 辛かったですね…… 苦しくて悲しくて寂しくて、 頼れなくて、、、 これから、 親に頼らず生きていけるのでしょうか。 ひどい、家族でしたが、 これから離れて、 主様だけの幸せをつかめるよう、 心より祈っております。
コーヒー豆_レベル._アイコン.
IOREI01 (投稿者)
2年前
@nanishita ありがとうございます。でもそう簡単に家からは離れられずコツコツ努力してますけど疲れちゃって。。
コーヒー豆_レベル._アイコン.
nanishita
2年前
@IOREI01 そんな状態では、 疲れて当然ですよ……。