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#いじめ
いじめられてた過去について。 少し長いですが、乗り越えた話です。 今はもう社会人ですが、何年もずっと誰にも言えずにモヤモヤしてた中学時代のいじめについて話したい。 乗り越えたと言ってもずっとモヤモヤはしてるし常に私のことをいじめてた奴らは、どっかで小指ぶつけてぶつけたショックでタヒんでくれないかなって思ってる。 中学時代、バスケ部に所属してました。 私の代は4人しか入部せず、人数は少なかったです。 ミニバスからバスケを経験していた私は、1年生にしてユニフォームが貰え試合に出ることができました。 他の2人(後のキャプテン、副キャプテン)はそれをよく思っていなかったらしく、当時からシューズを隠されたり、授業や委員会で練習参加が遅れた時に陰で文句を言われたりしていました。 そこまでは全然耐えられました。 先輩の2、3年生は優しいし練習もきついのでいい意味でいじめられてることにそこまで気を回してる余裕もありませんでした。 ただ3年生になってからです。 同学年4人のうちキャプテン、副キャプテンが選ばれました。 キャプテン、副キャプテンが私をいじめていた主犯格です。 自分が部活のリーダーになった瞬間にいじめがエスカレートしました。 ・シューズに制汗剤を撒かれて真っ白になる ・わざとパスミスをして私にだけ怒る ・チーム内練習試合中に敵味方後輩含め私以外の全員に私にボールは渡すなと指示する。 ・試合中シュートチャンスがあって呼んでもボールが来ない。 →それを先生に見られて私がサボっていると言われ交代させられる。 ・試合会場にチーム全員で移動しなければならないのに置いていかれる、集合場所を伝えられない 他にも色々ありましたがそんな胸糞悪い部活があってたまるか、と 私は3年生後半で、部活には行かず、所属していた生徒会、美術部の友人の部活、授業終了後すぐに帰宅するなど、逃げるようになりました。 その後、部活の監督が変わったらしく何回も戻ってこいと言われましたが、私がコートに戻ることはありませんでした。 私は逃げました。 問題を解決しよう誰かに相談しよう…と勇気がでず、逃げました。 その判断が良かったか悪かったかは正直この時は分かりませんでした。 ただ、私の心はとても楽になってたと思います。 いじめの過去を乗り越えた話。 その後、私はいじめの主犯格達が居ない高校へと進学をしました。 そこでは何もない、本当に何もない普通の高校生活が送れました。 ただ、人のことは信じられないし中学時代何もしてくれなかった先生達のこともあって誰も信用はできませんでした。 そんな自分が嫌で休みがちになったり、ふと中学時代のことを思い出しては死にたくなったりする日々もありました。 そこで私は夢を追うことにしました。 ここでも恥ずかしくて言えませんが、一つ大きな目標を立てました。 「田舎から東京へ出よう」と。 こんな狭い環境だから、いく場所もいじめの主犯格のことを考えなきゃいけないし、進学先も被るかどうか、とか考えてしまい相手の存在に左右される人生はごめんだ、と。 高校卒業後に、東京へ上京できるように バイトをして貯金をしました。 それでも60万程しか貯まらず奨学金を借りながら進学、生活していくのが精一杯でしたが上京していじめ主犯格の存在を気にせず、地元にいた時よりのびのびと生活ができていたように感じます。 専門学校在学中、夢も少し変わって進路が安定し就職しました。 今は社会人数年目のまだ新人だけど、 やりたいことをやれて、収入も安定して 好きな洋服を着て、好きなメイクをして 誰にも左右されない、生活が送れています。 今過去のことを思い出しても苦しいし、どうすれば良かったか、など今でもわかりません。 ただひとつ言えるのは、 逃げて良かった そして、前を見て進んで良かった と言うことです。 今思い出しても主犯格の2人には、どこかで苦しんでタヒんで欲しいし、今貧相な生活をしてろ、苦しめ、…と恨んでいます。 この話は誰にも話せていません。 だからここで吐き出させてください。 いじめは、人間一人ひとりが容姿、性別、性格が違う以上無くならない問題だと思っています。 私より酷いいじめにあっている方も必ず居ると思います。 でもその環境だけがあなたの居場所じゃないこと、逃げてもいいんだってことを、私の経験ともやもやの吐き出しと共に少しでも伝われば良いなと思います。
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